2008.04.21
『床の間』シリーズで、ちょっと良い話し。
ヤマセツの自己研鑽
☆ 掬水月在手 弄花香満衣 ☆
ヤマセツ。以前にもお茶のお稽古について
時々、ブログに書かせていただいておりますが、
今回は、先日のお稽古で出会った言葉を
取り上げてみました。
先日のお稽古場。
床の間の掛け軸には『弄花香満衣』の五つの文字。
大好きな尊敬するお茶の師匠・千恵子先生のお話しでは、
・・・ 本来は見るものとしての
美しい花に触れると、
その花の香が衣に移り、
見る側であるはずの自分の全身から
その美しい花の香が放たれる 。。。。。。
という意味ですよ。そして、この言葉には、
もう一対の言葉があるのよ。
春にはこの軸をかけることも多いわね。 ・・・ ということでした。
ヤマセツ
「ふぅ・・・ん。。。なるほど」等と言いながら
分ったような、分らないような気分で
その日も、お茶の世界にどっぷり浸っておりました。
そして帰宅後、前回のブログに書いた通り
”小さな知ることが、
大きな知ることのきっかけになる!”を
実践するべく、早速、その意味をあれこれ調べてみました。
そして、もうひとつの言葉が『掬水月在手』。
そして、こちらの意味は
・・・ 清らかな水を両手で掬うと、月が掌中の水に宿る。
中天に晧晧と冴えわたる「見られるもの」としての月が、
「見るもの」としてのわれと一体になる。。。。。
■私たち人間の意識は、眼で物を見、耳で声を聞き、
鼻で嗅ぎ、舌で味わい、体で触れるというふうに、
五官の窓をとおして物事を分別している。
■このはたらきを総括して「見るもの」といい
「主観」といい、また「自」などといい、
その対象を「見られるもの」「客観」「他」という。
■私たちは「見るもの」と「見られるもの」が
対立しているなかに生活しているが、
この対立を超えた、つまり頭をとおさない、
分別を超えた世界がある。。。。
そしてこの『掬水月在手 弄花香満衣』は
▼月とわれ、花とわれが不二一体となる。
▼この心境を日常生活にあてはめると、
「読書三昧」「仕事三昧」「ゴルフ三昧」等と言われる
三昧境(ある事に没頭して雑念を離れた忘我の境地)である。
▼更に、何事も工夫努力を重ねれば、
自然にその妙を会得することができる。
という意をあらわしたものである。。。。という解説でした。
皆様もご存知のように
不器用でおっちょこちょい、三日坊主代表のヤマセツが
なんとか頑張って続けているのが
『お茶のお稽古と研修の仕事』です。
そんな駄目なヤマセツですから
今日のこのちょっと良い話。
『何事も、工夫努力すれば、
いつかは自然と身につく』という意味は
とてもありがたく心強いものでした。
多くの皆様に支えられて頑張るヤマセツです。
これからも、コツコツと頑張ります♪♪♪
今日も長々とお読みくださって
『ありがとうございました。感謝☆☆☆』
※この句は、もと中唐の詩人・干良史(うりょうしの
「春山夜月」と題する詩の中の二句。
虚堂智愚禅師(きどうちぐぜんじ:1185-1269)が
これを禅的に解釈して使った為、
禅語として愛誦されている。
2008.04.21 PM 4:03




