2008.01.17

また今年も辛い思い出がよみがえり、人は多くのことを心に刻みます。  期待の若者たち

☆ 13年前のあの日 ☆

去年の今日も、ヤマセツ×ブログに
阪神大震災のことを書きました。

月日の立つのは本当に早いものです。

13年前の1月17日の早朝。
驚くべきことが起こりました。

あの阪神大震災の朝
ヤマセツがとてもお世話になっていた
派遣スタッフさんのMさんは、
ご主人と二人。。。
お互いの実家がある西宮に
携帯電話ひとつを持ち
車で駆けつけました。

新居浜でも大きな揺れがあり
きっとMさん夫妻も飛び起き
テレビをつけてニュースを見て、驚愕し
取るものもとりあえず・・・というように
車に飛び乗り
大阪まで走って帰ったに違いありません。

そして
これまでに見たこともないような
悲惨な光景を目にし
家族を探し混乱状態にあったのだと思います。

その日の午後
会社にMさんの派遣先から連絡がありました。
朝、Mさんから派遣先に緊急の連絡が
あったというのです。

 『西宮に入り、戻ることができなくなったので
  今日の仕事を休ませて欲しい。いつ戻れるのか
  予想がつかない・・・』
という内容でした。

ヤマセツは驚きました。
派遣先の方からは事情が事情なので様子をみますよ。。。という
言葉をいただきました。

そして、その日の夕方
ヤマセツの会社にも連絡が入りました。
とにかく当時は、携帯電話ですら非常に連絡が
とりにくくなっていたのです。

Mさんの声は普通ではありませんでした。
混乱している様子が電話の向こう側から
伝わってきました。

そしてヤマセツは

 『とにかく、事情は分かりましたが
  いつごろ職場には戻ることができますか?』
と尋ねました。

Mさんは黙っていました。
しばらくの沈黙のあと

 『答えられません。
  状況がはっきりしたら直接派遣先の方に連絡します。
  あちらには迷惑をかけられませんから・・・』
とのことでした。

その後
数日が立ち、Mさん夫妻は無事に戻ることができました。
西宮のご家族も、家こそ倒れてしまったようですが
全員が無事だったとのことでした。

しかしヤマセツは
Mさんの心に傷をつけてしまいました。
そうです。先ほどの質問が問題でした。
非常事態の中に身をおき
混乱している真只中の人に
ヤマセツは
容赦なくビジネスライクに厳しい問いかけをしたのです。
Mさんにとっては
”こんな時にこんなことを言うなんて・・・人じゃない!”
思ったそうです。

それから半年。
彼女との関係はこじれたままでした。
1年後。
Mさん夫妻は転勤で大阪に帰ることになりました。
そして最後のご挨拶に会社に立ち寄られ時、
Mさんが当時の心境をしんみり語ってくれました。

 『ヤマセツさんを恨みました。
  でもあの時は普通じゃなかったから仕方ありませんでした。
  そして、いつまでも意固地になってしまったことを
   反省しています。ごめんなさい。。。。お世話になりました』

ヤマセツこそ
Mさん以上に反省の日々でした。
何故、あんなに冷たく言ってしまったんだろう・・・と。
自分の言葉や行動を恨みました。

そして最後の最後に
Mさんの気持ちが雪解けされて
本当に良かったと嬉しく思いました。

毎年1月17日を迎えるたびに
きっとMさんのことを思い出すにちがいありません。

■人の心の細やかな襞を教えてくれたMさん。
■そして、最後にはヤマセツを許してくれたMさんに・・・

ヤマセツは心から感謝しています。『ありがとうございました。』

♪2008年・ヤマセツの小さな目標・その7> 
  厳しく強いハンマーを打ち下ろしても
    中身はあったかい愛で満たされているように!!ですね。

2008.01.17 PM10:41

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